育児のアイディア

子どもをかわいいと思えなかった私が息子ラブになるまでのステップ。

「母親は子どもを産むと無条件に愛情が湧き出る。」

そういうようなことを聞いていました。とにかく、母親は産んだら母親だから子供を愛せると。ホルモン的なものなのかと思っていたし、実際私もそうなのだと思っていました。

子どもを持つか悩んでいた友人も、「愛せるか不安だったけど、産んで抱っこした瞬間にめちゃめちゃかわいくて。。」そういう言葉も聞いていたし。

なぜ、今日こういうことを書くかというと、私は早産で子供を出産したのですが、ぶっちゃけて言うとかわいいと思えるようになったのは、子どもと関わったり触れたりするようになってからでした。

親子間の愛情形成って、ホルモンだったり、血だったり、いろいろな要因はあるのかもしれないけれど、一番はやっぱり触れ合う時間なんだと私は思っています。

今日はそのことについて呟いてみたいと思います。

自分のドライな感情にびっくりした出産直後。

私は29週の早産で子どもを出産しています。

子どもを出産した後、「落ち着いたらNICUへ面会に来てください。いつ来れますか?」と看護師さんから言われました。出産後熱が出てしまっていたし、37度以上熱があるとNICUには入ることができないので、様子を見て伺いますと答えました。

正直なところ、早く面会に行きたいという気持ちは薄くて。突然出産になりびっくりして気持ちを落ち着けたかったのと、会いに行くのがちょっと怖いという感情もありました。

熱が下がって、看護師さんに案内され向かったNICU。手を何回も洗って入った部屋にはたくさんの保育器が並んでいて、青い光が照射されていたり、ピロンピロンという医療ドラマで聞いたことあるアラームがしょっちゅう鳴っていて、何だかSFの世界みたいでした。

そんな中面会した息子はやっぱりとても小さくて、そして管だらけでした。見た目もイメージしていた赤ちゃんではなかった。

息子の保育器を前に、先生からいろいろこれからのリスクについて話を聞きました。でもなんだか自分の話じゃないみたいで。

「すでにこの子の人生が始まっているんだなー。。」「私母親になったのか。」「この子大丈夫なのかな。」

かわいいとか愛おしいとかそういう感情はなく。母親になったという実感もなく。

ただただ心配だった。それしかなかったんですよね。

自分のドライな感情に一番驚きました。

意識して会いに行くようにした退院後。

出産して5日で私は退院しました。そこからは、毎日息子の病院に出向いて搾乳した冷凍母乳を届けるという日々になりました。

状態が安定しないうちは面会中でもできることは限られています。

たくさん手を消毒してから保育器の小さな窓から息子に触れること。あとは搾乳。日々の記録ノートに自分の思いを綴ること。

自分でできることはそのくらいしかないので、先生や看護師さんを信じてお任せするしかない。家に帰ると、まるで普通の日常。息子を妊娠する前のような生活なんですよね。もちろん3時間おきの搾乳はあるけれど。

こどもが生まれたことを忘れてしまいそう。これは意識して会いにいかないといけない。

そう思ったし、旦那さんにもそう話しました。

一緒に過ごす時間が増えるうちにとても愛おしくなっていった。

息子を初めてかわいいと思ったのは、状態が少し落ち着いてカンガルーケアをした時です。

今までは保育器の小さな小窓からそっと触れるくらいしかできなかったのが、自分の胸に抱くことができるようになりました。

初めて自分の上に乗せてもらった息子は、やっぱりものすごく小さくて軽いのだけれど、めちゃめちゃ暖かくて。一緒にゴロンとなっている30分間がとても幸せで気持ちよくて。「ああ~かわいい。」初めてそう思いました。

状態が落ち着いてきて保育器から出ると、少しずつ私が関われることが増えてきます。

搾乳だけだったのが、カンガルーケアもできるように。おむつ替えもできるように。着替えもさせてもらえるように。沐浴もさせてもらえるように。そして、哺乳瓶での授乳や直母での授乳の練習に進み、薬を飲む練習も。

最初は全然上手に飲めなかった哺乳瓶での授乳が、少しずつちゃんと口からミルクを飲めるようになったり。上手におっぱいが吸えなかったのに、少しずつおっぱいも飲めるようになったり。息子の小さな成長がとても嬉しかったです。

旦那さんも土日は一緒に同じことをして過ごしていました。

息子と一緒に過ごす時間が増えていく中で、家に帰っても「息子は何てかわいいんだろうね」と、その日の写真を見ながら夫婦で話すような日々になっていきました。

1番は一緒に過ごす時間だと私は思う。

先日、「そして父になる」がテレビで放映されていました。6歳の時に子どもが取り違えられていたと知った二組の夫婦の葛藤や決断を描いた作品です。

病院の先生が「ほとんどの方は交換という選択をされます」とドライに言い放ち、1度はやはり血が大切と判断して、同じように「交換」という選択をします。これまで自分の息子だと思っていた子どもを返し、血のつながった新しい息子を迎え入れ生活する中で、いろいろな気づきや感情が生まれます。そして、最後は「血」ではなく、やはり過ごしてきた「時間」を大切にしたいという決断をした夫婦の話でした。(私の理解では)

もちろん、愛情形成に「血」も大きくかかわってくると思うんですよね。自分の子どもに大好きだった祖父母や両親の面影を見るとやっぱり愛おしく感じる。どちらに似てきたとか、自分たちにルーツがあるとやっぱりうれしいし、かわいい。一つの大きな要素だとは思います。

でも、映画を見ていて、最終的な夫婦の決断を見たときに、「やはりそうだよなぁ」と納得したのでした。やっぱり過ごしてきた時間には「血」を超えるものがあるよ。私もそう思います。

産んですぐに愛情を持てなくても大丈夫。

つらつら呟いてきたのですが、何が言いたかったかというと、出産してすぐに愛情を持てなくても、そんなこともあるよということです。

私が出産した当時、ドラマの「コウノドリ」がちょうど放映されていたんですよね。

同じように早産だった母親が出ていたりして。「生まれてくる子は大丈夫なんですか??」と泣きじゃくる母親。「健康に産んであげられなくてごめんね」と自分を責める母親。みんな最初から子どもに愛情を持ったちゃんとした母親でした。

ドラマを見ていると、なんで私はこんなにドライなんだろうと自分を責めました。

今考えると、初めての子どもだったので余計にそうだったのかもしれないと個人的には思います。

今度また早産だったら、子供がどれだけかわいいか、愛おしいものなのかをよく理解しているので、もっともっと心配で不安になると思います。

でも、そんなドライだった私でも、やはり一緒に時間を過ごしてきた中で、愛おしいと思うことも増え、今では息子がとてもとてもとてもかわいいです。日々腹立つことはあるけれども(笑)

なので、私と同じように最初から子どもをかわいいと思えなくても、一緒に過ごす時間を持っていく中で、愛情が形成されていくこともあるんじゃないかと思います。

あまりにも、母親は産んだら愛情持てて当たり前だという風潮があるので、ちょっと呟いてみたくなりました。

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